最近になって、ゆっくり走る日の良さを ようやく実感できるようになってきた。
頭では「ゆっくり走るのも大事」と分かっていたけれど、 それを“身体で理解する”までには、 思っていた以上に時間がかかった。
最初の頃はケガが多かった
走り始めた頃は、股関節が痛くなったり、 ふくらはぎを痛めて2週間休んだり、 そこから1〜2ヶ月走れなくなることもあった。
今思えば、原因はいろいろあったと思う。
- 走り慣れていなかった
- シューズが合っていなかった
- 常に全力で走っていた
- フォームが安定していなかった
とにかく「走る=頑張るもの」という感覚が強くて、 身体の声を聞く余裕がなかった。
SLDを知ってはいたけれど、実践はしていなかった
YouTubeや他の人のブログで SLD(スローロングディスタンス)という走り方を知っていた。
「そういう方法もあるんだな」 そのくらいの理解で、実践する気にはならなかった。
速く走れたほうが成長している気がしたし、 ゆっくり走る意味がよく分からなかった。
アキレス腱痛がきっかけで、初めて“必要性”を感じた
そんな中で、アキレス腱が痛くなった。
走れない日が続いて、 「このままじゃまた長く休むことになる」と思ったとき、 AIとのやり取りでフォームを見直してみようと思った。
- 足音を小さくする
- ピッチを安定させる
- ストライドを無理に伸ばさない
- 身体の真下で着地する
このあたりを意識していくうちに、 自然と“ゆっくり走る日”が増えていった。
ゆっくり走ると、身体が楽になる
ゆっくり走ると、 アキレス腱の張りが出にくくなった。
股関節の違和感も減ったし、 ふくらはぎの負担も軽くなった。
「速く走らなくてもいい」 そう思えるようになったのは、 身体が楽になる感覚を実際に味わったからだと思う。
気持ちにも余白が生まれる
ゆっくり走る日は、 心拍が落ち着いて、呼吸も乱れない。
そのぶん、景色がよく見える。
川沿いの水面の揺れや、 街中の人の流れ、 夜ランの静けさ。
速く走っていた頃は気づかなかったものが、 ゆっくり走ると自然に目に入ってくる。
走ることが“整える時間”になっていく感覚がある。
今では、ゆっくり走る日を自然に選べるようになった
速く走る日もあるけれど、 「今日はゆっくりでいいか」と思える日が増えた。
- 身体の調子を確かめる
- 気持ちを整える
- 景色を楽しむ
そんな走り方が、自分には合っている。
そして、ゆっくり走る日のほうが “走る場所の違い”を感じやすい。
川沿い、街中、夜の道。 同じ距離でも、気持ちが全然違う。
このあたりは、また次の記事で書いてみたい。
まとめ
ゆっくり走る日の良さは、 知識として知っていた頃よりも、 ずっと深いところにある。
ケガをして、フォームを見直して、 実際にゆっくり走ってみて、 ようやく分かったことが多い。
これからも、 速さよりも“気持ちよさ”を大事にしながら、 静かに走っていこうと思う。

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